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Jin Ono 「The Light」Review(text by 高橋芳朗)

2024.03.15

カクバリズム

今週3/13(水)に配信開始となったJin Ono 1st Album「The Light」の高橋芳朗さんによるレビューが公開。是非音源と合わせてお読みください!

文:高橋芳朗

お気に入りのコンピレーションアルバムは、と問われたときに真っ先に挙げるタイトルがある。シカゴのレーベル、チョコレート・インダストリーズが2012年にリリースした『Personal Space: Electronic Soul 1974-1984』。プリセット音源のアナログなビートがトレードマークの電子楽器、リズムボックスを使った宅録ソウル/ファンクのレアトラック集だ。

 この『Personal Space』についてはリリース当時、坂本慎太郎が「こんなコンピレーションがあればいいと思っていた」とコメントを寄せていたが、きっと彼と同じような感慨を抱いた好事家は少なくなかっただろう。というのも、ドライで無機質なリズムを淡々と刻み続けるリズムボックスのあの唯一無二のグルーヴを、まとまったかたちで堪能できるブラックミュージック作品は決して多くはないからだ。

 筆頭にくるのは、リズムボックスを使ったソウル/ファンクの先駆にして決定打、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの『There’s a Riot Goin’ On』(1971年)。そして、全編リズムボックスとオルガンのみの演奏で歌うティミー・トーマス『Why Cant’t We Live Together』(1972年)。次いでリトル・ビーヴァー『Party Down』、シュギー・オーティス『Inspiration Information』(共に1974年)などが思い浮かぶが、一般的にクラシックとして語り継がれているのはこの程度だろう。

 リズムボックスをフィーチャーした優れたソウル/ファンク作品はかくも希少なものなのだが、その魅力を見事に落とし込んだアルバムがまさか現代の日本で生み出されることになろうとは予想だにしなかった。Jin Onoのファーストアルバム、『The Light』だ。

 Jin Onoは2021年12月、カクバリズムからリリースされたカセットテープ限定のコンピレーション『SUPER GOOD TAPE 2021 (AUTUMN)』に「Say Goodbye (Demo)」を提供している。今回の『The Light』は、その際に彼がレーベルに送ったデモ音源が制作のきっかけになっているそうだ。

 驚かれるかもしれないが、Jin Onoについてわかっていることは現状これだけしかない。本人の意向もあって、彼の詳細なプロフィールは一切明かされていないのだ。このご時世、なにかしらの情報は転がっているだろうとGoogleの検索窓に彼の名前を打ち込んでみようかとも考えたが、ちょうど再生ボタンを押した『The Light』の一曲目、「I Want You Tonight」が始まってすぐに手を止めた。まずは、この音に耽溺しておきたい。イントロの「鳴り」を耳にして直感的にそう悟ったからだ。

 ここにはまちがいなく、リズムボックスを駆使したソウルミュージックからしか得られない快楽や美意識がある。スライ・ストーンやティミー・トーマスが愛用していた名機「Maestro Rhythm King MRK-2」(リズムボックスを大々的に取り入れたニコラス・ペイトンの2020年のEP『Maestro Rhythm King』のタイトルはもちろんここから拝借したものだ)のミニマリスティックなリズムが放つ緊張感とクールネス。淡く揺らめくフェンダーローズと、音の雫が滴り落ちるようなギターが描き出すメロウネス。内省的な憂いを帯びる、Jin Onoの歌い口の狂おしいまでのビタースウィートネス。リトル・ビーヴァーの「Party Down」や「Let’s Stick Together」で聴くことができた陶酔的な音世界が、明確な意志と敬意をもって継承されていることに静かな感動が湧き上がる。

 「I Want You Tonight」からシームレスで続く「Bad Dream」では一転、ブルージーな陰を引きずる苦み走ったファンクを繰り広げる。レイジーなヴォーカルの振る舞いも含め、このメランコリックな酩酊感はまぎれもなく「Luv N’ Haight」や「Family Affair」に象徴されるスライ&ザ・ファミリー・ストーン『There’s a Riot Goin’ On』のモードだ。オープニングの2曲でソウル/ファンク史におけるリズムボックスの原点を突きつけてくる『The Light』の構成からは、「Maestro Rhythm King」の使い手としてのJin Onoの矜持を見る思いがする。それは、18種に及ぶプリセットリズムのヴァリエーションを朝昼晩の気分に沿って使い分けた3曲のインタールード(「Morning Shuffle」「Afternoon Jam」「Evening Swing」)の存在にしても同様だ。

 この冒頭の2曲を踏まえて、『The Light』は中盤に差し掛かるとリズムボックスの新たな可能性に踏み込んでいく。それは、近年のシティポップリヴァイヴァルやヴィンテージソウルのムーヴメントに対するJin Ono流のレスポンスと言ってもいいかもしれない。

 それぞれ南佳孝と細野晴臣をニューソウルのマナーを通して再解釈したような「Say Goodbye」と「Kaze no Shirase」。ブランドン・コールマン『Resistance』(2018年)のアプローチとも重なり合う、ヴォコーダーを導入したジャジーなコズミックソウル「The Light」。ティミー・トーマス「Why Cant’t We Live Together」をサンプリングしたドレイクの「Hotline Bling」(2015年)がそうであったように、これらの楽曲は「Maestro Rhythm King」の音像が都市生活者の哀愁と憂鬱に寄り添う現代のアーバンブルースとして機能することの証左になるだろう。そんな観点から接してみれば、ドリーミーにたゆたう「Lingering On」や「My Muse」の響き方も微妙に変わってくるはずだ。『The Light』はノスタルジーを心地よく刺激してくるが、単に懐古趣味として片付けられない今日性も確実に持ち合わせている。

 そして、リズムボックスに彩られた数々のソウル/ファンクの名作がそうであるように、この『The Light』もすでにカルトな魅力をまとっている。それはJin Onoのミステリアスな佇まいによってもたらされているところも多分にあるが、本質的にはリズムボックスという魔性のガジェットがはらむ宿命なのだと思う。果たして、『The Light』はどのような運命を辿ることになるのだろうか。

《RELEASE INFO》

Jin Ono 『The Light』

2024. 3.13 Release
Streaming Link: https://kakubarhythm.lnk.to/TheLight

限定盤Vinyl(33RPM LP, オビ・インサート付属)
2024.4.24 Release
Price: ¥3960(tax in)

Label: KAKUBARHYTHM

tracklist

1. I Want You Tonight アイ・ウォント・ユー・トゥナイト
2. Bad Dream バッド・ドリーム
3. Morning Shuffle モーニング・シャッフル
4. Say Goodbye セイ・グッドバイ
5. Lingering On リンガリング・オン
6. Afternoon Jam アフタヌーン・ジャム
7. Kaze no Shirase 風の報せ
8. The Light ザ・ライト
9. Evening Swing イブニング・スウィング
10. My Muse マイ・ミューズ

〈Vinyl〉

Side A
1. I Want You Tonight アイ・ウォント・ユー・トゥナイト
2. Bad Dream バッド・ドリーム
3. Morning Shuffle モーニング・シャッフル
4. Say Goodbye セイ・グッドバイ
5. Lingering On リンガリング・オン

Side B
6. Afternoon Jam アフタヌーン・ジャム
7. Kaze no Shirase 風の報せ
8. The Light ザ・ライト
9. Evening Swing イブニング・スウィング
10. My Muse マイ・ミューズ

Credits

All Songs Written, Arranged, Recorded & Produced by Jin Ono

Musician Credits:
Vocals, Rhodes Piano, ARP Solina String Ensemble, Vocoder, Drums, Shakers, Chimes and Maestro Rhythm King MKII played by Jin Ono on All Songs Except For:

Bass by James Gonda on: I Want You Tonight, Bad Dream, Say Goodbye, Lingering On, Kaze no Shirase, The Light, My Muse

Guitar by Yoji Jackson on: I Want You Tonight, Bad Dream, My Muse

Drums by Kushina Kaunis on: Say Goodbye, Lingering On, My Muse

Mixed by Ben Tapes (studio MSR)
Mastered by Kentaro Kimura (KIMKEN STUDIO)

Illustrations by Tomoyuki Yanagi
Design Mechanics by Stsk Ltd.

【PROFILE】
リズムボックス《Mastro Rhythm King》の太くザラついたグルーヴ、エレクトリック・ピアノ《Fender Rhodes》の淡く歪んだ煌びやかな響き、愛車《Pontiac Firebird》の荒々しく唸るエンジン音。アナログなマシン達が奏でる音色に魅了されし渡り鳥《Jin Ono》。

Instagram: https://www.instagram.com/jin_ono_jin/

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