松永良平(リズム&ペンシル)
「ぼ〜ん」発売特別企画

緊急取材! 田中以外が語る、Hei Tanakaの正体に迫れ!

某月某日、都内の某所にて、リーダーの田中には秘密裏にHei Tanakaのメンバーが集められた。集合をかけたのは、松永良平。うっすら漂うカビの臭いと、それを紛らわす為の消臭剤の匂いに不快感を覚えつつも、いまかいまかとメンバーを待つ松永。「これくらい明るい部屋だったら急に集められた違和感も少しは和らぐだろう」と、急遽あつらえた無闇にポップな壁紙を見ながら心を落ち着ける。しかし、これから自分が迫ろうとしている真実にうまく辿り着けるのか。この地図のない無謀とも言える試みは、僕の知りたかった所へと導いてくれるのか?
「不安・・・」
そう。紛れもなく、不安・・・
松永は不安の充満した部屋で彷徨っていた。

ガチャ!

そこに立っていたのは、Hei Tanakaのあだち麗三郎。
古武術を嗜んでいると噂されているあだち麗三郎が、不安というフィルターの仕業なのか、遥か遠く、テキサスの荒野の果てにでも佇んでいるかの様に思える。

「忙しい中、わざわざ呼び寄せて悪いね!」
うわずった声。不自然な笑顔。目は合わせられない。そして何故かマイク…

「忙しい中、わざわざ呼び寄せて悪いね!」
一層うわずりながらも、もう一度ハッキリと大きな声で投げかけた。
もうあだちは、テキサスの荒野ではなく目の前に居た。

松永は、マイクを使って、ハッキリと大きな声を出せた自分に満足していた。

SCENE.1あだち麗三郎

──Hei Tanakaのファースト・アルバム『ぼ~ん』発売記念、田中馨以外全員インタビューはじめます。まずは、あいうえお順で、あだち麗三郎くんに来てもらいました。最初に馨くんにバンドに誘われたときのこと、覚えてますか?

あだち 「サックスやってほしい」って頼まれました。それ以前は、そんなにつながりがなくて。あだカル(あだち麗三郎クワルテッット→現・あだち麗三郎と美味しい水)のドラマーがショピンにも参加してる内田武瑠くんだったことぐらいかな。馨くんにも僕のソロのCDを渡したりはしてたけど、ちゃんと話をしたことはなかったと思う。

──あだちくんといえば、自分でもシンガー・ソングライターとして活動しているし、楽器もギター、ドラム、サックスといろいろやってるわけだし。サックスを吹いてる姿も馨くんは見たことなかったんですかね?

あだち Heiの前に馨くんが担当した舞台の音楽の録音に、一回だけサックスで参加したことがありますね。でも、そのときぐらいかな。

──だけど、Heiに誘われたときは、すでに馨くんには具体的な構想があったわけですよね。

あだち うん。「サックスを3人入れようと思う」って。

──もちろんサックスを3人入れるバンドって、ホーン・セクションがある形態と考えればよくある話だけど、Heiの場合はちょっと普通じゃない。それは予想してました?

あだち いや、予想してはなかったかな(笑)。ここまで、とは思ってなかったですね。でも、こないだ川村亘平斎さんとふたりで富山にライヴしに行く機会があったんですけど、そのときに現地に着くまで亘平斎さんがずっとガムランの音楽をかけてたんですよ。それをかけながら曲の解説もしてくれて。「この曲は、こういうメロディがあって、こっちにもうひとつメロディがあって。こういうリズムの人がいて、次の展開では別の人が速くなって」とか。そう解説してもらうほどに、「あ、これはHeiの音楽とおなじだ!」って思うところが結構あって、Heiに対してもすごく納得がいったところがあるんです。

──確かに、Heiの音楽は、いわゆる西洋音楽の対位法っぽさがない。

あだち そう。同時にすべてがある、みたいな。そういう意味でいうと、東洋的なのかもしれないですね。

──まあ、東洋的というか、田中馨的というか。最初にリハで合わせたときは、譜面をもらったんですか?

あだち 最初は馨くんが打ち込みで作ったデモが来て、そのあとに譜面も来ましたね。打ち込みのデモも、すごくいいんですよ。

──馨くん以外のメンバーとの面識は?

あだち 全員初対面でした。まあ、池ちゃんは「T.V.not januaryの人」で、牧野くんも「小鳥美術館の人」で「対バンしたことあるな」くらいの認識でした。

──むしろ顔の広いあだちくんぐらいしか全員をつなぐ役割の人はいないかな、と思ってたんですが。

あだち いや、ほぼほぼ全員初対面だったんです。最初にリハしたときも、どうなっていくのかあんまりわかんなかったですね。アングラなものになってしまうんじゃないかという危惧もあったけど、不思議とそうならなかった。そこがやっぱり人のなせる技なのかな。

──アンダーグラウンドというか、超実験的なことをめちゃめちゃ元気にやってるバンド、っていう解説もできますけどね。でも、音楽の難しさを人柄で解決してるところもあると思います。

あだち やっぱりそこは馨くんという人が突破口になってるんですよ。おもしろいですね。

──Heiを続けてきて、ある時期からホーンのメンバーの前に置かれていた譜面台が取っ払われたじゃないですか。

あだち 僕もそうしたほうがいいと思ってたんです。それに、僕はあの時点で8割くらいは覚えてたんで、ぜんぜん余裕でした。僕は曲を聴きまくって覚えてから演奏するタイプで、覚えるまでに時間がかかるんです。一度覚えちゃったら、もう忘れない。

──初期はまだ曲名もなかったし、ライヴは見てて楽しかったけど、アルバムとかまで本当にたどり着けるのかなと思っていたのも本心なんですよ。

あだち 僕らもそうでしたね。でも、こうして実際に曲が揃って、アルバムができあがったときに、歌ものが結構多かった。「あ、こういうかたちになるんだな」と、できあがってみてようやく思った感じでした。作ってるときは、どうなるのか全貌は見えてなかった。

──7インチにもなった「やみよのさくせい」が、それまでのHeiにはなかったタイプのすごくキャッチーな曲なので、あそこが突破口になったのかなとは思うんですが。

あだち そうですね。あれ以降、歌ものがすごく増えた。

──プレイヤーとして、Heiのなかでの自分の役割はどうとらえてますか?

あだち うーん。全体の流れを見てる。バスケでいえば、ポイントガードみたいなものですかね。演奏中に誰かがミスって、それにつられてミスする可能性がある誰かがいたら「ここだよ」ってアイコンタクトする、みたいなことはよくやってるかもしれない。みんなが僕を見てるかはわからないけど(笑)。でも、みんなそれぞれ、すごくいいバランスで成り立ってるバンドだと思います。本当に人選がいいんですよ。あらかじめ知り合いだとかそうじゃないとかは関係ないのかな。気が合うっていうのは、ただその場に居合わせたときの良さで、「いいバンド」っていうのはそこでしかないなって、最近は思うんですよ。

──あだちくんといえば、もともと自分の名曲だった「富士山」がすっかりHei Tanakaのレパートリーとしても定着してますが。

あだち いいと思います。「富士山」はもうそういう曲でいいのかな、と。あの曲は5秒で産まれちゃった曲だし、「自分のもの」だって意識がないですからね。アルバムの流れで聴いたときも「すごくなじんでるな」と思ったし。ああいう「5秒でできた」感じの曲、またできないかなと思ってるんですけどね。

──Heiっていうバンドが、曲は難しいし、ライヴもハードだろうけど、「音楽が5秒で産まれた」みたいな感じを追求してるようにも思えますけどね。

あだち そうですね。それを追求してる感じはすごく楽しいですね。

──アルバムのレコーディング時で印象的なエピソードって、なにかあります?

あだち 「淡い記憶の中」で、後半のサックスを録音してるときに、僕、全裸になったんですよ。

──全裸!

あだち なんでなったんだったかな? ……音のため、ですかね(笑)。ウソみたいな話ですけど、全裸になると音の響きが変わるんですよ。僕が全裸になったら、エンジニアの原(真人)さんも全裸になって。結局、サトゥー以外の全員、全裸になったんです。

──え!

あだち あのサックスは5、6回録ったんですよ。それぞれ「いいね」って言われてたんですけど、「前のテイクと違う感じで録るにはどうしたらいいか」という話になって、誰かが「脱いじゃう?」みたいなことを言ったんですよ。それで、僕が上だけ脱いだら、原さんが「俺も脱ぐ!」って言って全裸になり、「じゃあ僕も」って全裸になり、全員がそうなったって流れだったかな。

──でも、サトゥーくんだけはならなかった(笑)。なぜそうしなかったのかは、あとで本人に聞きます。

あだち でも、全裸で吹くのはすごく気持ちよかったですよ。全裸の効果はすごくありました。

──なるほど。アルバムを聴くと、その場面も浮かび上がってくるかもしれませんね。ということで、最後の質問です。Heiで行ってみたい場所とか国はあります?

あだち 行ってみたいのはSXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト。テキサス州オースティンで毎年開催される音楽見本市で、世界中のバンドがライヴする)かな。俺はこんなもんじゃないに参加してたときに出たことがあるんですけど、めちゃめちゃ受け入れられて感動したんですよ。出てみたいし、Heiなら受け入れられると思う。

──なるほど! じゃ、次のメンバーをお呼びしましょう。(隣の部屋から広瀬香美「ロマンスの神様」を熱唱する男の声が聴こえてくる)うるさいなあ……。

SCENE.2池田俊彦

──続いては、池ちゃんこと池田俊彦くんに来ていただきました。池ちゃんは、Hei Tanakaの真の意味でのオリジナル・メンバーですよね。

池田 そうです。7年前から。まだ編成がいまと違って、馨くんと(シャンソン)シゲルと僕の3人で。

──ドラマー2人っていうね(笑)。あのときもすごくエクストリームなことやってましたね。その話もあとですこし聞くとして、まずは馨くんと知り合ったきっかけから教えてください。

池田 渋谷のO-nestのイベントで、僕がやってるT.V. NOT JANUARYとショピンが一緒に出たことがあるんですよ。そのとき物販で馨くんが僕の横にいて話してたら、「ゴールデン街に興味ある?」っていきなり言われて(笑)。「バイトする人探してるんだよ」って。

──ああ、「ソワレ」って店で馨くんがバイトしてた時期ありましたね。

池田 それで、客として「ソワレ」に行って、めちゃめちゃ酔っ払って(笑)。それから、僕が当時やってたアイスクリームマンってバンドをイベントに呼んでくれたり、フットサルを一緒にやったりしてて。そしたらある日、電話がかかってきて、「バンドやんない?」って言われたんです。でも、馨くんはその時点で、僕のドラムを一回も見たことなかったと思います(笑)

──そうなの?

池田 T.V.では大太鼓を肩からぶらさげて叩いてたし、アイスクリームマンでもジャンベでやってたんで、ちゃんとしたドラムセットで叩くのは大学以来やってなかったんです。でも、いきなり「ドラムやんない?」って言われたんで、「俺でよければ」って返事して、スタジオに行ったらシゲルがいて、もうひとりドラムがいたっていう(笑)

──「いったいどういうことだ?」って思いますよね(笑)

池田 最初にデモが送られてきた時点で、「いや、こんな難しいの無理でしょ!」って状態でした。

──ドラムの腕を見込まれて、というより、人柄を見込まれての誘いだったのかも?

池田 だって、腕を見込むっていっても、ドラムの腕を見たことないんですからね(笑)。最初のころのリハは、デモを聴いて「この15秒のフレーズやろう」って馨くんが言うのを僕とシゲルがひたすら繰り返して、「いや、そうじゃない、こうだ」みたいに馨くんがレッスンするという状態で、5時間くらいが終わるという感じでした。

──スパルタ!(笑)3人時代のHeiも何度かライヴを見て、楽しかったですけどね。その後、いったん休止を経て、新規巻き直しで現Hei Tanakaが始まります。あだちくんに聞いたら、意外とみんな初対面くらいの感じだったそうで。

池田 そうですね。あだちくんとはT.V.で対バンしてたんですけど、そんなにたくさん話してないし、黒須くんとも話したことなかった。僕が縁があったのも牧野くんとあだちくんぐらいですかね。

──サトゥーくんに至っては、まったく面識がなかった?

池田 いや、それが、僕は名古屋でサトゥーがいたTHE ACT WE ACTと対バンしてるんですよ。だから最初のリハのとき、「おひさしぶりです」ってあいさつしたら、「はじめまして!」って返事されて、「はじめまして、じゃないから!」って(笑)

──新しいHeiではドラマーは池ちゃんだけになったわけですが。

池田 そもそも、また新しくHeiがはじまるときも、僕は呼ばれると思ってなかったんですよ。一緒に鰻を食べに行ったときに新しいHeiの話を聞いて、「別のうまいドラマーを呼んでやるんだろうなあ」くらいの感じで別れたら、その後すぐ電話がかかってきて、「やれますか?」って。最初のうちは、6人全員でリハする前に馨くんと僕だけで前日にスタジオに入って、またしてもレッスン、レッスンでした(笑)。リズムをちゃんと決めないと全員で練習できないんで。そういうのを経て、なんとか叩けるようになりました。

(隣の部屋から華原朋美「I'm Proud」を歌う男の声が聴こえてくる)

池田 隣、けっこううるさいですね。

──うるさいですよねー(笑)。気が散って困る。ところで、アルバムを聴いたとき、歌が意外と多くて驚きました。

池田 うん! 僕もそう思います。馨くんがどんどん新しいものを産んでて、毎回予想できないものを更新していってる感じなんです。最初はインスト曲ではじまったバンドですけど、ここ1年でどんどん歌の曲ができてきて、馨くんの書く歌詞も全部よいという。馨くんの歌詞は胸が苦しくなるくらい自分に突き刺さるんです。

──唯一のオリジナル・メンバーでもある池ちゃんから見て、自分のバンド内での立ち位置は?

池田 馨くんがいて、周りの5人がいて、という中では、僕はそのなかのひとりで、オリジナル・メンバーだから僕がなにかを支えてるという部分も特になく、必死で演奏についていってるという部分が大きいです。こんなかっこいいバンドにいさせてくれて、うれしいなと思ってます。いまはmeiちゃん(mei ehara)のバンドでもサポートでドラムを叩いてますけど、Heiに誘われるまで長いことドラムもやってなかったわけだし。

──なにかあるんでしょうね。池ちゃんのドラムの魅力って。いまのHeiは池ちゃんのズシンとしたボトムによって成り立っている部分も大きいですよ。小手先がなく、体で叩いてるというか。

池田 いや、小手先でうまく叩きたいですよ(爆笑)。自覚があんまりないんですよ。あだちくんもドラムがめちゃめちゃ上手なわけだし、他の人のプレイと比べたら僕は変な感じだなと思うときはあります。

──ライヴって走り出したら止まらないわけだし、収拾つかなくなりそうな場面もあったでしょ?

池田 めちゃくちゃあります。よく見てくれてる人は「あ、事故った」って思う瞬間とかあるでしょうけど、それが人にはわからないように戻れるときもあって。そうやって戻れたときは、やっぱりすごいメンバーだなって思います。人柄もみんな好きだし、みんなおもしろいし、みんなクセがある(笑)

──馨くんもそうだと思うんですけど、演奏中に頼りにしてるメンバーはいますか?

池田 馨くんはもちろんなんですけど、牧野くんですね。ギターが刻んでる音を目安にしてることが多いです。

──アルバムの中で、池ちゃんの推し曲は?

池田 難しいですね! 全部思い入れがあるから。でも、ずーっとやってる「ぼ~ん」かな。昔はみんな「みゃん」って呼んでた曲なんですけど。「ぼ~ん」「南洋キハ164系」「Sprite」とか、昔からやってる曲がいろいろアレンジも変わってこうなったんだぜ、っていうのは聴いてほしいかな。あと、歌ものでいったら「ミツバチ」とか。馨くんがこういうゆったりとした曲調で歌ってるのもいいし。……ああ、でもいちばんは「goodfriend」かな! 「アイムジャクソン」もいいですね! あれがノゾエ征爾(劇団はえぎわ)さんの作詞で最後にできて、すごい勢いで録音したんですけど、あのときこのアルバムの最後のピースがぱちっとはまったかな。あ! じゃあ、こうしましょう。ロンリーのオカザキくんが参加してる1曲目(「やみよのせくせい」)と、ノゾエさんが歌詞を書いた最後の曲(「アイムジャクソン」)がぱちっとはまって、全部がHeiになってるというのが、僕はいいですね。

──「アイムジャクソン」はSMAPとキャプテン・ビーフハートが合体したようなすごい曲ですよね!

池田 でも、僕はHeiをずっとやってるから、「アイムジャクソン」が突飛な曲に聴こえないんですよ!(爆笑)

──最後にみなさんに聞いてます。Heiでどこかの国や場所に行くなら、どこ?

池田 ええと、ベルリンですね。7年前、Hei Tanakaは「ベルリンに行こう!」って言ってはじまったんですよ。トクマル(シューゴ)さんには「いや、Heiはベルリンじゃウケないよ」ってその当時から言われてたから、いつかベルリンに行ったらウケるなって(笑)

──では、次の方をお呼びします!

SCENE.3黒須遊

──黒須くんは、Heiが6人になってからのメンバーですけど、じつは馨くんとのつきあいはいちばん古いですよね。

黒須 そうですね。中学(自由の森学園)からのつきあいで、中学の3年間はクラスも一緒でした。ふたりともサッカー部でも一緒でしたね。

──のちに一緒にバンドをやるとは思ってもいなかった?

黒須 そうなんですけど、高校時代にやったバンド、ミモチャキスコモで一緒でしたね。

──たしか星野くんがギターで手伝ったりもしていたというバンドですよね。でも、その後は黒須くんはRIDDIMATESをやるし、馨くんはSAKEROCKをやるし、と音楽的な道は分かれていって。

黒須 高校の仲間のつきあいとか、フットサルやるとか、サーフィンとかで会ったりはしてましたね。SAKEROCKのファーストが出たころで、CDをもらった記憶があります。

──あらためて2015年に馨くんから「一緒にやろうよ」と声がかかるわけですが。

黒須 「鰻屋でご飯食べよう」って誘われて、そこでそういう話になったんですよ。3人時代のHei Tanakaが出た2013年の「月刊ウォンブ!」に見に行ったことあるんですよ。結構ショックを受けたんです。ちょっとポストロックみたいで、バトルスみたいでもあってすげえかっこよかった。そのとき、「ちょっと(サックス)吹かせてよ」って馨にはもう言ってたかもしれないです。

──あだちくんによると、サックスの3人はまったく面識がなかったそうで。しかも、馨くんからは超難易度の高いデモが送られてきたわけだし。

黒須 いや、3人時代のHeiとはぜんぜん違ったんで、びっくりしました(笑)。サックスが3人いるとも思ってなくて、テナー一本で、ディレイとかエフェクトをかけたらおもしろいなって勝手に想像してたんですよ。そしたら曲も違うし、サックス3人いるし、その3人がそれぞれ違うメロディを奏でてるし。「できるわけない!」って思いました。

──そりゃそうか。

黒須 すごく個人練習をして、最初にサックス3人が会ったのが静岡でやった合宿だったんですよ。でもそこで、みんなすぐ仲良くなったんですよ。

──いろんなバックグラウンドは違ったけど、人柄で通じ合った部分は大きかったみたいですね。とはいえ、そのいっぽうでライヴもはじまったし、途中で「サックスの人はスコア見るのやめましょう!」という事件がありましたよね。

黒須 そうなんですよ。「え!」ってなりましたよね。「まだ無理だよ!」って(笑)

──わかります。(隣からKinki Kidsの「愛されるより 愛したい」が聴こえてくる)……うるさいな……。

黒須 うるさいですね(笑)

──(気を取り直して)まあ、演奏面での大変さもありつつ、スプリット・カセットのシリーズや7インチもリリースしてきて、アルバムができてみたら、かなり歌ものの印象も強い内容になりましたよね。この数年間で、バンドもかなり変化した。

黒須 蓋開けてみたら、歌がいっぱいだった、みたいな。個人的にはそうなって、すごくよかったですね。馨の歌もいいですし、曲も難解だけどポップに聴こえて。最初にもらったデモの段階では、指定されてたサックスの旋律がすごく難しかったから、これがもうちょっと精査されたらいいなと思ってたけど、歌が入ったことによってそこが自然といい感じにできるようになった。

──普段RIDDIMATESでやってることとはぜんぜん違うわけでしょ?

黒須 でも、馨の世界に遊びに行ってる感じで、違和感はないですね。最初は、馨の世界をどうにかして再現しなくちゃって使命感というか、デモを超えなきゃという気持ちが強かったけど、いまはもうちょっと違う次元というか。譜面を見ずに曲を吹けるようになって、たぶん、余裕もでてきたんでしょうね。

──それこそ中学のころから馨くんを知ってるわけだから、その時期の馨くんと結びつく部分もあります?

黒須 そのころは音楽のあれこれを話してたわけじゃないから。ここ5年くらいのつきあいで、「こういうのが好きなんだな」って知っていった感じですね。SAKEROCKでも馨が作った曲ってわかったし、馨がDJやってたりするときにかける曲を聴くと、ちょっとはこういう世界だなっていうのはわかりました。自分の好きな感じとのつながりでいうと、エチオピアン・ジャズとかですかね。馨とは「ムラトゥ・アスタトゥケ(エチオピアの伝説的なミュージシャン)がフジロックに来たときに見たよ」みたいな話をして、そういうところもちょっとリンクしました。まだアルバムには入ってない曲ですけど「ちょっとエチオピアっぽくしよう」みたいな話で盛り上がってるのもあるし、今後やっていけたらいいな。

──そういう意味だと『ぼ~ん』を聴いて、アルバムとしても濃厚だけど、「この先」も見える作品になっていたのがうれしかったですね。

黒須 なんかこの先も大丈夫そうな気がしますね。俺が言うのも変ですけど、「馨は大丈夫」(笑)

──演奏中に「この人は頼りになる」という存在はいます?

黒須 みんなそれぞれいると思うんです。それぞれの得意な部分で頼ったりしてる。でも、馨はあんまり頼りにしてないです(笑)。あいつはフリーにさせて、おれらは各メンバーでちゃんとする、みたいな。

──逆に言うと、自分に求められてる役割はなんだと思います?

黒須 うーん。ツッコミ……。音楽というよりは、全体的なツッコミですかね。ほかのみんなはボケなんで。ボケっていうか、好きなことをやる人たちなんですよ。みんなキャラが立ってるし、ぜんぜん個性が違うんで、最初は結構放置してたんです。でも、最近は俺が拾ってツッコミいれます(笑)

──「なんでやねん」を言い続ける係。

黒須 そう。あとは馨が自由人でリーダーでもあるから、できるだけお母さん的に見てるというか、いらないおせっかいみたいなことをやってくというか。「そんなまなざしいらねえよ!」って思ってるかもしれないですけど(笑)

──なるほど。黒須くんは「バンドのお母さん」ですか(笑)

黒須 めっちゃいじられるタイプのお母さんですけど(笑)

──あらためて、アルバムができてみて、お母さん的にというか、黒須くんが思い入れの深い曲はあります?

黒須 えーと、「淡い記憶の中」。みんなでミックスを決めるときに聴いてたのがすごいよくて、映画のエンディングとかに使ってほしいくらい好きです。あとは「意味がない」。あれを馨が持ってきたときに「なんかひらけた」感じがしたんです。あれを俺も吹けるようになって、全員が演奏できるようになったときに「これはいいな!」ってなりました。

──馨くんは一時期、「音源は自分の多重録音で作って、ライヴはみんなでやる」という方向を話してもいましたよね?

黒須 そうなんですよ。馨は自分のソロ・バンドとしてとらえてたし、俺らもそれでいいと思ってたんですけど、ちょっとずつ馨の中でもHeiが変わってきて、みんなの意見も聞いてるし、みんなに委ねてるところもある。「あ、バンドになったんだな」という感覚はあります。

──では、最後の質問です。Heiで行ってみたいところは?

黒須 悩みますね……。俺が行きたいのはアフリカなんですけど、まあ、現実としてはヨーロッパ? でも、おもしろくないな、やっぱりアフリカで! めっちゃ楽しいと思います!

(隣からU.S.A. For Africaの「We Are The World」の大合唱が聴こえてくる)

──やっぱりうるさい! ん? でもなんか話題と歌が合ってるような? ま、いいか。じゃ、次の方をお呼びします!

SCENE.4サトゥー

──サトゥーくんはHei Tanakaのなかでもいちばんの超新星というか。

サトゥー あらまあ! いいこと言ってくれるじゃないですか(笑)

──まあ、予想がつかない人ということでもあるんですが(笑)

サトゥー まあ、最初は名古屋に住んでたし。

──さっき、池ちゃんに話を聞いたら、サトゥーくんがいたTHE ACT WE ACTとT.V. not januaryは一度対バンしたことがあったにもかかわらず、Heiをやるときに池ちゃんが「おひさしぶりです」とあいさつしたら「はじめまして!」と返したという。

サトゥー 本当に申し訳ない。池ちゃんはTHE ACTのMVにも参加してくれてたのに(爆笑)。でも、あれ人がいっぱい出てたからね(笑)

──そもそも馨くんとは、どういう知り合いだったんですか?

サトゥー いや、そもそも知り合いじゃなかったんですよ。

──マジですか?

サトゥー そう、最初は突然牧野くんから電話がかかってきたんです。「Hei Tanakaっていうバンドに僕、誘われてね。サトゥーも今度誘われるよ」って言われたんです。誘われるっていうか、連絡先を知りたがってる、みたいな話だったので「教えたよ」っていう電話だったんですね。僕はそのときまだSAKEROCKもそんなに知らなくて、あとで調べたら「うわー、大変なバンドに呼ばれてしまった。これはすごいことになるぞ」みたいな期待が爆上がりしました! なんだかわからないけどすごくおもしろそうだぞ、と。アハハハハ。

(隣の部屋からはSMAP「ダイナマイト」が爆上がりで聴こえてきた)

──(イラっとしながらも無視して)馨くんからの誘い文句は?

サトゥー そうねえ、あんまり覚えてないんだけど……。まあ、「参加してくれない?」みたいな感じでしたかね。

──ほかにサックスが2人いることは?

サトゥー 聞いてなかったですねー。ウフフフフ。「バンド」だとは言ってなかったな。とにかく「Hei Tanakaっていうのを一緒にやってくれないか」ってことでしたね。それで最初にデモが送られてきたのかな……? いや、僕がデモを初めて聴いたのはスタジオだったんですよ。スタジオにとりあえず楽器持って集まって「一緒に合わせよう」って。それが、あれです、いま演奏してるような曲で。スタジオでデモを流して、よくわかんないまま一緒にやってみたけど、これがもう(笑)。展開をつかもうとしたんだけど、あとを振り返らずにどんどんどんどん変わっていくじゃないですか。Aがきて、Bがきて、Aがこない。Aがきて、Bがきて、Cがきて、Dがきて「どこまで行くんだ?」っていう(笑)

──パニックになるしかない。

サトゥー でも、熱量がすさまじかったから、これはなんかやったらめちゃくちゃおもしろいだろうなと思いましたね。

──その時点では、サトゥーくんと牧野くんはまだ遠距離メンバーでしたもんね。

サトゥー 名古屋のTHE ACTのメンバーとして10年以上やってましたけど、東京に引っ越したいなとは思ってたんです。だけど、東京のツテというと小岩のBUSH-BASHしかなかったから、「これ(Hei)が決まったらもうひとつ足がかりができるし、引っ越せるかな」と思って。そういう意味でも誘ってもらったのは、ありがたかったですね。

──なるほど。Heiの音楽も、わけはわからないけどおもしろいと思えたから、そこも後押しになって。

サトゥー もちろん、なにかおもしろそうなものがあったら積極的にどんどん行くタイプなので。

──サックス3人でやってみるというのは、どんな体験でした。

サトゥー いままでやってたバンドでは、ほかのサックスと並ぶことがなかったんですよ。だから、すごくよかったですよ。「一緒に船を漕ぐ」みたいな感じでした。3人のサックスの音で勢いを出すということが、すごく新鮮でした。

──あだちくんも、黒須くんも、最初は大変だったと言ってましたけど。

サトゥー あー、大変なこともあったけど、そんなに抵抗感はなかったですね。それまでも、一曲をものにするのに半年くらいかかるようなバンドでやってきてて、すごく混みいった曲が多かったから、最初からすぐに曲がつかめるようだと、逆に「そんなもんじゃねえだろ」って思っちゃう(笑)

──サックスの譜面をステージからなくすという事件もありました。

サトゥー あー、やっぱり(パートを)忘れちゃったらしょうがないけど、忘れたくねえなあ、という気持ちはありました。だけど、やっぱり譜面はなくさなきゃいけない時期でしたよね。肉体的な音楽なのに譜面がずっと置いてあるのは違うと思ってたから、納得できる変化でしたね。

──『ぼ~ん』というアルバムが完成してみると、意外と歌ものの比重も多かったですよね。

サトゥー そこはね、ちょっと安心もしました。最初にやってたようなすごい密度の曲で1時間とかやってたら聴き方がすごく限られちゃうと思ってたから。ちゃんとリラックスできる曲も入って

──僕も、すごく密度の濃い「音楽サウナ」みたいになってしまうのかもと思っていた時期もあったんですが、結果的にいろんな楽しみ方ができる「スーパー銭湯」みたいになったんじゃないかなと(笑)。それで、その「歌もの」ってスタイルからHeiを見ると、サトゥーくんはサックスで参加したはずなのに、ヴォーカルとしてもそこかしこで活躍してますよね。結構な割合で歌ったりコーラスしたり。

サトゥー そうですね。ピックアップしていただいて(笑)。Heiでみんなで歌うところを作りたいという流れもあったし、上手下手は別にして歌うのも僕は好きだったんで。

──「アイムジャクソン」でも重要なパートじゃないですか。

サトゥー 僕は声がちょっと変わってるんでね(笑)。どうやっても普通になかなかなんないっていうか。でもありがたいことに、その声をうまく使っていただいてます。

──演奏してるときに困ったり、脱線したりしたときはどうします?

サトゥー そのときはもう……、「ままよ!」って感じですかね(笑)。「次わかるところから入ろう」とか「違うフレーズやって乗り切ろう」とか。でもまあ、みんなが助けてくれたりするし、トータルで崩れちゃうということはあんまりないです。何回もリハさせてもらってるからかなとも思います。

──テクニックという面もあるでしょうけど、みんなの人柄が救ってくれてるバンドだっていうところもあるのでは?

サトゥー そうですね。「これはアリ」だっていう範囲が広いので、プラス思考でいける。減点方式じゃないんです。

──アルバムのなかでとくに好きな曲はありますか?

サトゥー 好きな曲かー。もともと「28の1」ってタイトルだった「淡い記憶の中」。あれは本当にレコーディングの前にそんなに練習せずに録ったんですけど、すごくいい雰囲気になったんですよ。それまでの熱い流れがあそこで昇華されたようなところがあった。後半から入るあだちさんのソロが最高なんですよ。

──あ、あだちくんが全裸になって吹いたという。あだちくんだけじゃなくて、エンジニアの原さんも含めてみんな全裸になったんでしたっけ。それで、サトゥーくんだけ脱がなかった(笑)

サトゥー そうなんです(笑)。それはまあ、「別に全裸になりたくないな」と思っただけで(爆笑)。なりたくねえのになるのもおかしいじゃないですか。だったら「服着てたらええやろ」って。僕はそういうひねくれ者なところがあるので。

──まあ、ひとりだけ脱がないっていうのもおもしろいですけどね(笑)

サトゥー 僕はあの曲では「全裸を見る側」になったってことなんです。でも、ほかも一曲一曲成り立ちから物語があるし、それって僕らの内部だけのものなんですけど、そういうのも全部ひっくるめてなんとなく間接的に聴く人たちも感じられるアルバムになってるんじゃないですかね。満足してます。やりたいこともまだまだあるし。

──では、最後に。サトゥーくんがHeiで行ってみたいところは?

サトゥー どこでしょうね? 新しい場所もいろいろ見てみたいと思うんですけど、行ってみたいなと強く思う場所としては、昔のバンドで行ったマレーシアですね。

──へえ!

サトゥー THE ACTで2回くらい行ったんですけど、お客さんが統制されてなくて、文脈とかもなしで、いきなりポンとバンドを見て盛り上がる、みたいな感じだったんですよ。そこにHei Tanakaで行ったらどんな変化が起こるのか? 僕のなかでの「聖地巡礼」みたいなことができたらいいなと思ってます。

──マレーシアでHeiが「聖地巡礼」! いい目標いただきました! では、最後のメンバーを呼びましょう。

(隣の部屋のカラオケが、サザンオールスターズ「シャ・ラ・ラ」に変わっている)

SCENE.5牧野容也

──最後は牧野容也くんをお呼びしました。馨くんと牧野くんは、結構長いつきあいですよね。

牧野 そうですね。もう10年くらいになります。……もともと、ショピンの高橋ペチカさんがやってるヒネモスのレコ発で、僕がやってる小鳥美術館と対バンして。そのときペチカさんが、別にやっていたショピンでも僕らとは合うと思うって言ってくれて、ショピンと僕らで名古屋と浜松で対バン・ライヴをやったんです。SAKEROCKはちょうど『ホニャララ』(2008年)を出したタイミングで、馨くんがそのCDをくれたんですよ。

──SAKEROCKのことは知ってました?

牧野 そのときまで、そんなにしっかり聴いてなかったんです。「すごく売れてる人たちがいる」くらいの認識でした(笑)。だけど『ホニャララ』を聴いたらすごくよかったし、「ベースラインがいいな」と思ってました。

──『ホニャララ』だと、馨くんの曲は「今の私」とかですよね。

牧野 「餞(はなむけ)」もそうですね。あれもすごくいい曲です。

──でも、知り合いではあったけど、あらためてHei Tanakaに誘われることになったきっかけというのは?

牧野 馨くんがギタリストを探してるときにトクマルさんに相談していて、そのときに馨くんが「小鳥美術館の牧野くんみたいな人がいい」っていうやりとりがあったそうなんです。「でも、彼は名古屋にいるからねえ」みたいな。それで、トクマルさんのバンドのライヴで馨くんが名古屋のクアトロに来たときに僕も遊びに行ったんですけど、馨くんが冗談半分で「バンドやるんだけど、ギター弾いてくれない?」って言ったんです。僕はちょうどその前の週に、そのとき働いてた会社に「辞めます」って言ったタイミングだったから、二つ返事で「いいよ」って答えたんです。会社を辞めることを伝えた直後に誘われたから、これはいいタイミングだと思ったので。

──でも、どんな曲をやるのかは知らなかったでしょ?

牧野 ぜんぜん知らなかったです。新しいことがはじまるワクワクでしかない感じで、最初はスリーピースくらいのバンドだと思ってたんです。「ドラムと、馨くんのベース、ヴォーカルと、僕のギターで、歌ものかな」みたいな。でも、メンバーでこういう人がいます、みたいなメールが来たときに、サックス、サックス、サックスって3人書いてあって、「これはなにがどうなるんだろう』って思ったし、「もしかしたら自分が弾けないような難しいギターをやることになるのかもしれない」というざわつきがありました。

──そして、デモが送られてきて。

牧野 「こんなの人間にできるわけない!」って思いました(笑)。あだちさんとも話してたんですけど、「こういうぐちゃっとした、一聴して混乱するような感じを目指そう」っていう参考例かと思ってたんですよ。でも、そのままの譜面が送られてきて、本気だったんです。「これはやるしかないな」と思って、一週間くらい詰めて譜面を書き起こす作業をやって。

──最初のライヴ(2016年1月14日、渋谷WWW/「列島は世界の雛形 ~あの世のザッパに教えたら なんて言うだろ?」)は、ほぼほぼインストだったんですが、そこで早くも小鳥美術館のカヴァーである「新曲(仮)」が演奏されてます。

牧野 そうなんです。デモがいろいろ送られてくるなかで馨くんから電話がかかってきて、「カヴァーさせてほしい」と言われたので、小鳥の島(なぎさ)さんに伝えて、「光栄です。お願いします」と返事しました。

──結果、ファーストの『ぼ~ん』が歌ものも多いアルバムになった、そのきっかけのひとつにあのカヴァーがあったと言えますよ。あのときあの曲やっといてよかったです。歌の余地がバンドに残されたし、馨くんが歌って、みんながコーラスをつけるというスタイルの雛形も示された。

牧野 歌ってるときの馨くんって、結構光ってるなと思うんです。一生懸命に歌うし、輝きがあるなと、演奏しながら見て思ってます。Heiでやってることも変わってきた感はありますね。

──それに、曲は難しいけど、馨くんは完全にメンバーを支配して、厳しくするタイプのリーダーじゃないですよね。

牧野 そう。曲は難しいんですけど、馨くんが曲に対して持ってる答えが広い感じがして。「こうじゃないと」というのではなく、「このメンバーで集まったんだから、それで鳴らせる音が現時点での正解」っていう採用の仕方をしてる気がします。

──そういう意味では、JB's(ジェームス・ブラウンのバックバンドで、厳しく統制されていた)が、とてつもなく自由なフリー・ジャズであるアート・アンサンブル・オブ・シカゴをやってるような感じなのかもしれない。

牧野 たしかデューク・エリントンの名言で、「アンサンブルをよくする秘訣は個性を引き出すことだ」みたいなのがあるんです。わりとそれに近いことをHeiはしてるのかも。

──池ちゃんは「演奏中に困ったときは牧野くんのギターを聴く」って言ってましたよ。

牧野 最初のころ、PAをやってくれた葛西(敏彦)さんからも「いまはまだ牧野くんが軸でしかないよ。音量差があるとまずいから、コンプとか取り入れたほうがいいと。エフェクターで音を周りと揃えたほうがいい」ってアドバイスを受けて。そのころはいまよりも馨くんも暴れ散らしてベースを弾いてたし、池ちゃんも顔も演奏も必死で。だから、僕はきっと舞台上でもクールに見えてるだろし、そういう軸になる立ち位置の人は必要かも、みたいな気持ちではいました。でも、レコーディングを重ねていって、メンバーが結束したというか、それぞれが全体で一個になっているような感じがあったから、「もういままでのような立ち位置で僕がいる必要もないかも」と、ここ数本のライヴでは感じてました。

──その分析自体がめちゃくちゃクールです! では、そんな牧野くんから見て、アルバムで特に印象深い曲、よくできたんじゃないか的な曲は?

牧野 いやあ……、さっきも言いましたけど、曲に対する答えが広いから、録った次の瞬間に「いまからもう一度弾けば、もっとうまくできるのに」と思ったりもしました。でも、このCDはひとつの通過点で、ライヴでまたことごとく変わってゆくだろうから、その変わりようみたいなものも見てもらえたらいいと思うし。だから、どれか1曲というのはあんまりないかな。録ってるときはみんな必死でした。

──馨くんは、以前はアルバムは自分の宅録で出すアイデアも口にしてましたよね。

牧野 そうでしたね。でも今回、スタジオで、バンドのみんなが知恵を出し合って、いいものにしようとしてる時間はすごく楽しかったですね。だれかのアイデアに僕も影響を受けるし、もしかしたら僕のアイデアもほかの人に影響を与えてるかもしれないし。そういうできあがっていくワクワクはすごく大きかったですね。

──個人的には、Hei Tanakaでの牧野くんは、小鳥美術館では聴いたことのなかったディストーショナルかつシャープなギターを弾いているのが驚きでしたけど。

牧野 小鳥も指で弾いてはいても、バチっとした音を出そうという気持ちはあるんですけどね。Heiでは最初の合宿のときに、それまでエレキはほとんど弾いたことがなかったからいろいろ自分なりに調べてみたんです。「アンプを大きめの出力にしてタッチをやさしくすると、エレキはきれいな音が出る」という情報を見つけて、僕もそうしようと思って弾いてたら、開始10分くらいで馨くんに「ちょっとね、そういう感じじゃないんだよ。ヴォリュームは絞っていいけど、『届けー!』って気持ちで弾いてほしいんだよね」って言われて。「あ、そうか。いつもの弾き方でいいんだ」って思ってから、そうするようになりました。エレキかアコギかは関係なく、「牧野」で弾けばいいんだなって(笑)

──アルバムが出て、この先どこまで行けるのか楽しみだし、みんなにおなじ質問を最後にしてきたんですけど、牧野くんがHeiで行ってみたいところはどこですか?

牧野 あー……。こないだ馨くんは「Heiでトルコに行きたい」って言ってて。僕は、ヨーロッパから入って、土地をわたってトルコに入りたいですね。ワゴンに乗って、南フランス、スペイン、ルーマニアとかを通って、トルコに入って、シルクロードの終点で終わる、みたいな。そういうツアーをしたいですね。でも、どこでも行きたいかな。オーストラリア、アメリカ、ロシア……。

──Heiならどこに行ってもやれそうですけど。

牧野 僕が作曲したわけじゃないですけど、どこでも胸を張れるなっていう気持ちでいるかも、いまは。

(隣の部屋から平井堅「瞳を閉じて」が聴こえる。間奏でだれかがサックスまで吹いている)

──ありがとうございました! しかし、隣うるさかったなー。いったい、どうしてくれようか……。

牧野 まあまあ(なだめる)

SCENE.6 アイムジャクソン

5人のHei Tanakaに話を聴き終えた松永は、自分の質問を思い返していた。

何故、何処へ行きたいか?などと聞いたのだろう。普段なら聞かない質問だ。
Hei Tanakaの正体に迫りたかっただけなのに。目的地はたった一つ。Hei Tanakaだった筈なのに。

それにしても、隣からダダ漏れて聞こえてくるカラオケの音は一体なんなんだ?
ムシャクシャする。耳に入ってくる名曲たち全てが僕をイラつかせる。

大きく靄のかかった謎の存在に近づこうと、一念発起した松永良平は、肩透かしを食らった様な妙な苛立ちを隠せなかった。

そして、なんだこの生ぬるい感覚は…
何もない。特に変わったことは何もない。
ただ、兄ちゃんとお話ししただけの、いつもと同じ日常だ。
平和だ。まるで平和だ。ただの平和だ。

こんなに苛立っている自分には居場所がない。平和では辻褄が合わない。
うまくいかない。うまくいかない。うまくいかない。

今日、メンバーの話を記したことよりも、目的地を見失ったことの焦りが心を支配する。
「不安・・・」
これは不安なのか?何に対しての不安なのか?何もなかった事の不安なのか?

何も持たずに色んなところに行こうとしてる。
根拠のない自信だけ持って色んなところに行こうとしてる。
自信持つ程の事、何もないのに、自信持ってる。
なんで持ってる?なんで持ててる?なんで持ってる風の感じ出してくる?
なんで?なんで?なんで?

なんでHei Tanakaは何も持たない?






歌だ!

声だ!

人だ!

何も持たない理由はこれだ!

楽器を無秩序に混沌に鳴らしても
そこに確かに歌が声が人がいる。それがHei Tanakaだ。

歌いたい!踊りたい!歌わせろ!踊らせろ!
喋らせろ!笑わせろ!泣かせろ!信じさせろ!

そして、何度だって持っちまったら、ぶっ壊せ!

──────────空想テキスト:Hei Tanaka 田中馨

これは、松永良平さんを介してのフィクションだ。
僕のストーリーではこの後松永さんは、メンバーにインタビューした記事はビリビリに破いて。
録音したボイスレコーダーは踏みつけて、真っ裸になってこの部屋を飛び出していくのだ。
だがフィクションの中にも真実があって、周知の通り松永良平さんはしっかりと仕事のできる男だ。そして、インタビュー記事は納期に入稿された。
事実は小説よりも奇なり。
この後の真実がこれだ。

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